趣味とか呟きとか

趣味ブログ。端的に言うと自己顕示欲の置き場所。絵を上げたり、本の感想書いたり、長い呟きとか。

2018/5/6

 

ゴールデンウィーク中は何か更新したいなと思ったんだけどなんか別に絵を描く気にもならなかったし、何かを分析してまとめる気にもならなかったしそもそも何かを書く気にならなかったので結局最終日を越えてから更新している。

もしかすると僕は精神が不安定になっていないと趣味をやったりブログを書いたりする気が起きないのかもしれない。

なのでこのブログが更新がされたらそういうことですね。(これは何回も言っている気がする)

なにも思いつかないので世間話しましょう世間話。

以下の余白は僕の世間話能力向上トレーニングに充てられます。

そうそう山口メンバーめっちゃ話題ですね。顔の良さとアイドルというステータスをもってしても女子高生と関係を持つのが無理だったというのは男女関係の難しさが現われていると思います。正直どうでもいいです。

そういえば細田守の最新作が今年の夏に公開されますね。

タイトルは未来のミライ

何がうれしいかというと僕は細田作品が三年周期であらわれるという推測をしていたんですけれどもこれがまた当たってしまったということです。自分の才能が恐ろしいですね。(正直近くのシネマで公開予定の看板がなければ完全に忘れていた)

さらにこれはどこかのサイトで言われていたのですが(細田さんがインタビューで言ってたのかな)映画のテーマは大体自分が置かれている状況にそって決められているというもの(例えばサマーウォーズはお嫁さんの実家に挨拶しに行ったとき大家族だったことからインスピレーションを得て、おおかみこどもは子供が生まれたからみたいな感じ)で自分はバケモノの子を友達と見終わったあとドヤ顔でこのことを話し、次の細田作品は2018年で子供の成長に関することや成長した子供についてではみたいなことを述べていたんですけどなんか近そうだからです。当たるといいですね。

あと予告みた感じタイムリープものかつ異世界に行くので面白そうというのがあります。

で、まだ詳しくは出てないんで勝手に妄想をして遊びたいと思います。(遊びかつ妄想かつ深夜なので見当違いでもしょうがない)

まずミライちゃんのタイムリープですが気になる点が二つあります。

一つはそもそもなんで未来から来たのが妹なのかという話です。

兄ではいけなかったのか。

タイムリープは最近の作品では制限が多くあまり気軽に行えるものではありません。(要出典)

なぜその制限を乗り越えて兄のところにあえてタイムリープしてきたのか。

二つ目はなぜ小さい頃の兄なのか。

ある時間にタイムリープするならば大体その時間である理由があります。

例えば時をかける少女ならばその時代にしかない絵を見に来たからです。

そう考えると予告編を見る限り現在主人公である、くんちゃんは妹のことをよく思っていません。

明日早いのでこれくらいにします。

 

とにかく未来のミライ、楽しみですね。

2018/3/28

ツイッターでこういう話が流れてきた。

libsy.net

全体の大雑把な流れとしては

    • 薄暗い欲望(リョナ、レイプ願望など)を持つのは勝手だがそういうものに興味があるということを自覚していないと

      ふとした時に自分が無自覚なまま加害者の立場に転じる(セカンドレイプをしてしまう)可能性が

       ある。そのため筆者は

      興味を持つからには、その興味のうしろめたさも自分で抱えろ 

       という主張をしている。

 

    • この意見の例として「魔女集会で会いましょう」という創作に対する意見の紹介。その中でも筆者は特に

      自分が持つのはそれを眺めるという欲望だから危険ではないと思っている。

       という意見について注目する。

 

    • これに関する例として最近のツイッターの実録漫画がある。その傾向は

      他人の私生活に投稿者が萌え(≒好奇)を感じ、本人には無断で漫画や文章にし、公衆で共有した

       というもので、筆者はこれに対して

      他人の人生をコンテンツとして消費する。

       という暴力性があると主張している。

    • インターネットにそのような光景を記すということは個人で萌えを感じるだけの状態を逸脱し、公衆に発表することになっている。これはつまり個人の生活が他人の見世物として勝手に切り売りされていることを意味し、筆者はそのさまが極めて不気味で暴力的だと述べている。

 

    • 最後に、どのような欲望を抱いても構わないが

      欲望を抱いている自分の「眼差し」を自覚し、「当事者になること」を忘れないでほしい

       という主張で終わる。

 

という感じだ。(流れの要点をぶっこぬく練習としてまとめてみたけど結構難しかった。うまくまとめられただろうか)

結局ここで何が言いたかったのかといえば、おそらく「どんな欲望でも持つことは構わないが自分がそういう欲望を持っており、それが実際にどんな問題を孕んでいるかを知っておくべきだ」という意見だと思う。

まあ今回自分が書きたかったのはこれよりかは本文の途中で出た「フィクションと現実をわけるべきだ」という意見の方で、その意見を読んだときは「はぁーこれなー」ってなった。

 

自分は今までフィクションの結果が最終的なゴールになると思っていて、つまりフィクションは僕の現実に対するモデリングだと思っていた。それは例えば高校に行けば、大学に行けば彼女はできるだったり、ひたすら頑張っていれば周りも認めてくれて、集団のトップになって彼女もできるだったり、しっかりやっていれば幸せな人生を歩めて彼女ができるだったりする。

だけど最近それはあくまでフィクションでの結果に過ぎないということをようやくおぼろげに自覚し始めた。というか自分足らしめる何かとそこに同化していたそれの区別がようやく少しつくようになった感じだ。

ようやく現実問題に対する見通しが成熟し始めたといったところだろうか。(まあ要はモデルと現実が違う変数で動いていた(違う変数がさらにあったという方が正確だと思うがそれはメモリを食うので考えない)ことがわかり始めた)

 

さっきから何度もようやくという言葉を使っているがこれは今まで長い間見通しが甘い、現実問題に対する姿勢が甘いということをおぼろげに自覚していたにもかかわらず、その姿勢を変えられなかったのだが、これでやっとその姿勢を変えられるきっかけができたのではないかと期待しているからだ。(まあそれに気づくだけではなく、今までの甘い見通しを否定した見通しをしていくことで自分と、同化しているそれとを区別していく必要があるが)

 

とりあえずこれからはそれを意識していこうと思う。

2018/3/26

 ゼミが終わり、自分のイベントが終わり、先輩たちの卒業式が終わり、ようやく春休みに入った。(厳密に言うとまだやることは結構残っているのだが)

 卒業式後、自分の研究室では懇親会が行われた。最初は教授、助教、学生皆で集まり、用意された食べ物を食べ、酒を飲み、歓談し……という流れだ。そして懇親会が後半に差し掛かると教授は別の研究室の懇親会に行き、学生だけになり、教授の話や愚痴大会になった。その中でも自分が特に印象的だった会話は教授の話や愚痴ではなく男女の駆け引きのようなものだった。

 

 そのおおまかな雰囲気だけれど、最初にある男の先輩が女の先輩を馬鹿にする。(どちらも卒業生)(内容は忘れた)

 女「○○が行くとこ、どこだっけ?」

 男「△△。」

 女「じゃあ今度泊まりに行くね」

 男の先輩をしっかりと見つめる。

 男「いや俺のとこ寮だから女が来たら、まあ、騒ぎになるよ」

 女の先輩の話を聞いていたその彼氏「えっ」

 

 非常に大学生かつ大人っぽかった。これが大学生かつ大人っぽい会話かーはぁーなるほどねーって思った。

 こうなんというかそこらへんのこともわかっていて、あえて言いますよみたいな攻め方。超よかった、あこがれる。これはお互いが異性に慣れていないとできないですね。

 このような会話を僕も異性としたかった。いや本当に。というかそういう会話ができるくらい異性に慣れたかったぞ、おらおら。(虚空に向けてジャブを放つ)

 

 

 相も変わらずネットに依存しているんだけれど、ちょっと前にアマゾンプライムに入っていることに気が付いたため、最近はもっぱらプライム特典の映画やアニメ、ドラマを見たり、音楽を聴いている。

 

 以前は映画を見たら割と分析していたんだけど最近は「ショーシャンクの空に」とか「メメント」を見ても、「いやー大変だったけど良かったね」とか「うーん難しくて解説サイト見ないとよくわかんなかった」以上を考えたくない。体力が落ちているんだろうか。(というか映画の途中にツイッターを見始めたりしていて、本当に良くない)

 ドラマは「高い城の男」をパート8くらいまで見た。物語をどのように構成すればいいかということに興味があるので一部の流れを紙に書いてまとめたんだけど、結構勉強になった気がする。

 「高い城の男」は第二次世界大戦の勝者が日本とナチスの世界で、この事実を揺るがしかねない映画のフィルムを軸に様々な立場の人間の物語が展開していくんだけれど、各展開にその人らしさが表現されていて非常に参考になっている。(キャラが立っているというやつなのだろうか)

 

 そのほかについては疲れたので割愛。(今回は一応小説の作法を参考にして文章を書いてみたが合っているだろうか、というかそもそもこういう文章に小説の作法を適用すべきなのか)

2018/3/6

ここ3~4か月ほどバーチャルYouTuberにはまっていて、人気のある人を検索してよく見ている。

ただ自分の傾向として、以前は大好きだったvTuberの人でも時間が経つとあまり見なくなるというのがあり、また経験則として人気が出てあまり時間のたっていない人が好きというのもあって、これが謎だった。

そこで自問自答した結果、自分の中で結論らしきものにたどり着いた。

それについて書いていく。(あくまで僕の理由で一般性を担保するわけではない)

 

まずそもそも自分はなぜ、普通のYouTuberやニコ生主ではなくvTuberにはまるのか。

第一の理由として、かわいい。

かわいいのだ。自分はYouTuberを見ても人間だとしか思わない。(当たり前だけど)

 

第二の理由として、情報量が少ない。

YouTuberは人間だ。そこには様々な表情があり、様々な感情が現れ、その人の考えを推測させる。

一方、vTuberはその表情の情報量が極端に少ないから見ていてわかりやすく、だからなのかわからないが気楽なのだ。あとあまり表情がなくても感情の判断基準が声だけになるのもいい。人間は現実世界に吐いて捨てるほどいるし、自分は人間が得意ではないのでわざわざネットサーフィンをして人間を見て感情や考えを推測したくない。疲れる。

 

第三の理由として設定があること。

vTuberには個々の設定がある。これが(僕の想像している)ニコ生主との違いだ。

それによってその人がなんなのかというのが一発でわかるため、自分がどういう態度でその人の話を聞けばいいのかがすぐわかる。

またそれによって時々出てしまう"素"のキャラクターによる発言がとてもおもしろくなり、それは設定と素のギャップが大きいほど面白くなると感じる。

 

以上を簡単にまとめると

わかりやすく、設定とのギャップがおもしろいから。

となる。

 

では次に以前は大好きだったvTuberの人でも時間が経つとあまり見なくなるかについて書く。

この理由として素のキャラでの発言それ自体が設定になってしまうからというのをあげる。

わがままだが素やギャップのキャラによる発言の内容やタイミングは予想の範囲外であってほしいのだ。

そのため何度も動画を見たり、その人のいろんな動画を見ているとどこらへんでそのギャップキャラの発言が出てくるか、そのタイミングはいつかというのが大体予想がついてくる。

そのため意外性がなくなり、面白さが減ってしまう。

これは人気が出てあまり時間のたっていない人が好き、という理由にも共通すると思う。

 

ここまでをまとめると僕がvTuberにはまる理由は

わかりやすく、設定とのギャップがおもしろいから。

時間がたつと見なくなるのは(端的に飽きるのはでいいかもしれない)

たくさん見るとギャップの意外性がなくなってしまうから。

となる。

 

飽きの回避法としては色んな人をみる、あまり見すぎない、時間を空けてみるというのが考えられる。

Medlyを使って音楽を作ってみた

このまえツイッターで超かっこいい音楽の動画が流れてきた。

しかもその人は作曲を2か月くらい前(1か月かも)から始めたらしいので、そんなに早くできるならそのアプリに何か秘密があるに違いないと思ったためそのアプリを探してみた。(あとUIがかっこよかった)

結果アプリの名前はMedlyと判明したのでさっそくダウンロード。(現在対応しているのはiosのみらしい。余談だけどこういう優秀なアプリがいち早く出て、ダウンロード出来るのはiosのイメージがあるので中々アンドロイドに変えられない。)

で、使ってみたところとても良かった。

その理由として

  • 楽器を変更するためのアクセスがいい。
  • デモが複数入ってる。
  • ループやお手本がいくつかある。
  • ループの中身が見える。(MIDIがわかる)
  • 直観的に操作しやすい。

というのがある。

正直MIDIソフト(と言うんだろうか)はあまり使いこめてないし、そんなに知らないが(GarageBandCubaseくらい)一曲作れたのはこのアプリが初めてだと思う。

その理由としていくつかあると思うけどめんどいので今日は書かない。

で、基本のやつを並べてできたのが下のやつ。

https://www.dropbox.com/preview/start.m4a?role=personal

結構改善点はあると思うけど(例えばもっといろんなFX入れられたとかオートメーションいじれたとか展開を工夫できたとか)、とりあえずここまでであげておく。

結論として確かに僕が今までつかってきたものよりも使いやすかったけれど流れてきた動画のようなものを作るにはまだまだだったので、つまるところ2か月であの曲を作った彼は天才だったということが分かった。

 

追記:

ドロボにあげたらログインしないと見れないということを知らんかった。

ので、soundcloudにあげた。

soundcloud.com