趣味とか呟きとか

趣味ブログ。端的に言うと自己顕示欲の置き場所。絵を上げたり、本の感想書いたり、長い呟きとか。

Medlyを使って音楽を作ってみた

このまえツイッターで超かっこいい音楽の動画が流れてきた。

しかもその人は作曲を2か月くらい前(1か月かも)から始めたらしいので、そんなに早くできるならそのアプリに何か秘密があるに違いないと思ったためそのアプリを探してみた。(あとUIがかっこよかった)

結果アプリの名前はMedlyと判明したのでさっそくダウンロード。(現在対応しているのはiosのみらしい。余談だけどこういう優秀なアプリがいち早く出て、ダウンロード出来るのはiosのイメージがあるので中々アンドロイドに変えられない。)

で、使ってみたところとても良かった。

その理由として

  • 楽器を変更するためのアクセスがいい。
  • デモが複数入ってる。
  • ループやお手本がいくつかある。
  • ループの中身が見える。(MIDIがわかる)
  • 直観的に操作しやすい。

というのがある。

正直MIDIソフト(と言うんだろうか)はあまり使いこめてないし、そんなに知らないが(GarageBandCubaseくらい)一曲作れたのはこのアプリが初めてだと思う。

その理由としていくつかあると思うけどめんどいので今日は書かない。

で、基本のやつを並べてできたのが下のやつ。

https://www.dropbox.com/preview/start.m4a?role=personal

結構改善点はあると思うけど(例えばもっといろんなFX入れられたとかオートメーションいじれたとか展開を工夫できたとか)、とりあえずここまでであげておく。

結論として確かに僕が今までつかってきたものよりも使いやすかったけれど流れてきた動画のようなものを作るにはまだまだだったので、つまるところ2か月であの曲を作った彼は天才だったということが分かった。

絵の勉強

絵が上手くなりたかったので描く方法を今まで本とかネットで読んでたんだけど、なんかいまいちだとか自分のやり方にしっくりくるのが見つけられなかったので、いっそのこと自分で考えるかということでちょっと考えてみた。

試みとしては好きな絵にひたすら感覚を近似していこうというもの。

お手本はこれ。

 

d875af193e703c85865d052d8ab61a34.png (585×410)

図1

東京グールで亜門と滝元を失ったにも拘わらず、真戸暁がCCGの人たちに冷静な指示を出し、その冷静さに耐えかねた人にお前は悲しくないのかと怒鳴られた後の一コマ。

いや本当に僕はここで泣いてしまって、サークルでどれくらい悲しかったかについて話したら引かれた。

こことヒデの知ってた。は涙腺直撃だった。やっぱ漫画家ってスゲーなーって思った。(小並感)

で、みながら描いたのがこれ。

f:id:naturalaccident:20180213034626p:plain

図2

 

で、じゃあこれ元絵とどれくらい違うのかというのを比較したのがこれ。(確か最初にあたりをとって左目から描き始めたので左目にお手本を合わせてる)

f:id:naturalaccident:20180213034927p:plain

図3

 

薄いやつがお手本。かなり違う…。

下が主に違う部分(ほとんど)を示したもの。

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図4

目立つ点として

  • 右目が上になっている
  • 首の位置が右に寄っている
  • 右髪が足りない
  • 顔がちょっと長い
  • 髪が全体的に膨らみすぎ

というのがある。

これはおそらくあたりが悪いだろうということであたりの検証。

(緑がお手本のあたり(と思われるもの)、黒が最初に引いたあたり、赤字はお手本のあたりの分析)

f:id:naturalaccident:20180213042157p:plain

図5

わかったこととしては

  • 黒いあたりが適当すぎる(なんかぐねってる)
  • 比率の知識が足りなかった

というのが挙げられ、比率は

  • 目と輪郭の下の中点が大体上唇くらい
  • 顔の縦横比は大体4:3くらい
  • 目から輪郭の下までの距離を1とすると、鼻の位置は大体上唇より5分の1ほど上
  • 顔の中点を目の位置とすると、てっぺんは大体髪の真ん中くらい(これはいろんな絵の検証が必要だと思う)

などがあげられる。(ぶっちゃけ、これはまだ堀りが甘い(例えば輪郭が急になり始める位置の比率とかはまだわからない)が疲れたのでここらへんでやめとく)

また、顔は正直球体みたいなものなので、あたりとしては球上の曲線を描くべきだが位置による曲率がいまいち分かっていないため、この比率もまだまだ不完全だと思われる。

以上を踏まえて描いた結果はまだないけど気が向いたらやってみようと思う。

 

追記

目と輪郭の下の中点が上唇くらいと書いたがこの後それに倣って描いてみたら口が少し上にあるように見えた。

2018/2/11

訳あってゲルマニウムラジオを作ってみた。

参考

www.mag2.com

で、仕組みとかもいろいろ調べてみた。

参考

ゲルマラジオの構造

http://www.rf-world.jp/dls/fujihira/pdf/Fujihira-radio-s02.pdf

 

で、音が鳴る仕組みをざっくり言うと

1.アンテナに電波がぶつかることで誘導電流(交流)が発生。

 

2.コンデンサとコイルで目的の電波の電流を選ぶ。

(これはコイルは電流の周波数が高いほど電流を通しにくくなり、コンデンサはその逆の性質を持っていること、および様々な周波数の電波毎に発生する誘導電流の周波数が違うため、そのような操作が可能になるのだと思われる)

 

3.その中の電流の電圧のプラスもしくはマイナスのみをダイオード(ここではゲルマニウムダイオード)で通す。これが音声信号となる。

(原理はよくわからないが包絡線検波というのを行っているらしく、AM波は周波数の高い搬送波と元データの信号の周波数の波が混ざった状態になってるため、周波数の高い波が元データの周波数にしたがって、周期的に大きくなったり小さくなったりしているらしい

そこから元データの波の感じだけを抜き出せばよいため、それを抜き出すために包絡線の性質を使ってるらしい

参考

http://oxford.ee.kanagawa-u.ac.jp/lspecs/nico/wp-content/uploads/sites/2/2014/06/AM.pdf

 

4.その音声信号をイヤフォンで音に変換する。

という感じだと思う。(正直理解できていない部分が多い。)

 

で、実際作ってみた。

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実際聞いてみた感想としてはあんまり聞こえない。

うまくいくと何かの音声らしきものが聞こえるが、ほとんどノイズしか聞こえない。

接続したところもあんまりよくなかったと思う。

これは黄色いクリップを本来テレビ用のコードにつなぐのだが、あいにくうちにはテレビがないため(貧困)、テレビのコードを挿すところに直接クリップを挟んでいる。

そのため電流の収率が悪いのかもしれない。

あとはゲルマニウムラジオは一般的にさっきの2番に示したようにコンデンサとコイルで電流を選んだり、アースを行ったりするが今回それは全くやっていないので、色々混ざっているのかもしれない。(実際はよくわかんないけど)

音はアンプでもつなげられれば改善できると思う。

 

2018/2/7

久しぶりにアクセス解析をのぞいたら1/30あたりから見ている人が増えていて驚いた。(日記も別に更新してないし何があったんだろう?)

 

近況といえばインフルエンザに罹った。

本当に青天の霹靂というやつで、前日まで何ともなかったのにその日は午後からあっという間に具合が悪くなった。

しかもタイミングが悪いことにその日はWiFiルーターの設置やらなんやらを業者に頼んでいたため、結局18:00ぐらいまでベッドで横になりながら作業を見守るなどの行動しか選択肢がなかった*1。(超態度悪い)

その時間になると近隣の病院はもう閉まっていたので仕方ない、明日病院行くか。ということで出前を頼み、それを食ったら寝てしまおうくらいに思ったんだけど、なんか体が超寒い。

これはおかしいなと思って試しに体温を測ると39度近く出ている。

ここらへんで、これもしかしてただの風邪じゃなくない?みたいな不安が出てくる。

最近インフルに罹った友人にインフルの初期症状を尋ねると、B型はそんなに熱は出ないけど、たぶんそれはインフルエンザだと思うよという返信が来て、不安がさらに強くなる。

明後日用事があるのに…とかこれインフルだったらばっちり期限と被ってる書類があるじゃんとかこれインフルだったらサークルの人間にテロったやつじゃん*2など様々なめんどくさい案件が脳内を走り抜け、思わずナナチみたいに泣いてしまった。(ナナチなので部屋で一人で泣いていてもかわいい)

結局、出前も食べず、即冷蔵庫に入れてその日は眠ることにした。

 

21:00くらいにすごい吐き気で目が覚める。

めっちゃ吐きたくないので(吐くのは超つらいので)そのまま横になって吐き気と必死に格闘していたんだけど、ついに根負けしてトイレで吐く。(吐き気って我慢してると腹痛みたいに一旦引いてまた強めのが来てって感じになるのを学習した)

よくわからないけどなんかぼーっとし、熱が39.5度とか出ていてさすがにやばいと思い、対策を考え始める。

まず高熱。

自分は知識がなかったんだけど漠然と40度越えたらまずい、脳にダメージが入るし、吐き気も熱によるものだと思ったので(実際は知らない)、とりあえず太い血管のある首の後ろにひとつ、おでこにひとつ冷えピタを貼る。

次に栄養。

朝から大したものを食っていなかったし、栄養がなければ対抗できず、死ぬと考え、とりあえず栄養をぶち込むことにした。(空腹感もひどかった)

マルチビタミンアンドミネラルの錠剤二つ、スポドリホエイプロテインを水でとかしたもの、チョコ二つ

これで少し落ち着いたのでやっぱおれは天才だなあ。と思いながら寝る。

(自販機でスポドリを買いに行くときに、ふらふらしながらやばいやばいやばい…とずっとつぶやき、若干奇声をあげながら買いに行った記憶がある)

 

 そこから一時間後、吐き気で目を覚ます。

本当に勘弁してほしかった。

ベストな対応をしたと思う。超考えた。

ここで吐いたら全部水の泡だろ。

しかし吐き気には勝てなかったのでちょっと吐くくらいならまだ残るだろうからいいかと考え、吐いた。

ゲロが超甘かった。ひたすら甘い。

しかも全然止まらない。超吐く。残るどころか胃袋が空になったあたりでダメ押しで吐き気が襲ってくる。

もうなんか疲れたし、これはものを入れると吐くやつだなと思ったのでそのまま寝た。

 

そこから一時間後、また吐き気で目が覚める。

もう限界だった。吐くものはすべて吐いた。

病院の開く時間にはほど遠い。カカシがイタチに72時間刺された奴*3を思い出した。

とりあえず吐くがもう何も出てこない。ここには何もない。吐き気だけがある。

胃袋には虚無だけが残り、悟りが開かれてくる。

今まで確かに死にたかったが、実際死にそうになるとマジできつい。

死は贅沢品だという言葉が思い出される。死ぬときは安楽死するためにいっぱい金を稼ごうと強く思った。

 

どうせ死ぬならこの辛さでは死にたくねえなあと思ったため、救急車を呼ぶことにした。

でも実際呼ぶべき状況なのか不安だったのでまず救急車を呼んでいいか判断するアプリを落とすことにした。

それを五回くらい選択肢を変え、一番症状に近い選択肢にしていった結果、救急車を呼びましょうと出たのでビビりながら119にかける。

オペレーターさんが出る。急患ですか事故ですかと聞かれたので、あのちょっと救急車呼んでいいのかわからないんですけど…と自分の症状を説明する。

そしたら呼んだ方がいいと思いますといわれたので住所を伝え、呼んでもらう。

後は運ばれ、救急隊員に最初は心配されるが最後の方は呆れみたいな感じの対応をされ、病院では、自分で呼んだの?はい…。ふんw(鼻で笑われる)

こういうので救急車をほしくないんだよねと嫌味を言われ、点滴を希望するが無理と言われ、会計が足りないので雪が降る中を近くのコンビニまで行かされ、ATMで金を下ろそうと思ったら時間外だったので無駄足だったとかそういうド級の不運イベントが起きた。

そのあとはタクシーで家に帰り、解熱剤を飲んで寝て、翌日も解熱剤とリレンザウイダーをぶちこむという感じで今は完治した。

 

最後走り書きになっちゃったけど、今回の学びとしては

インフルの予防接種は大事。

解熱剤、食料(ウイダーがよかった)、金の貯蓄はしとくべき。

という感じ。

*1:見守るよう契約書にサインさせられた

*2:午前中サークルの集まりがあった

*3:月読

2018/1/21

明けましておめでとうございます。(もう明けてからだいぶたってるけれど一応。)

テスト期間に入っており、ゼミの課題もきつく、そろそろ自分の存在意義、今までの人生の意味などを問い始めた。

今の要望はとりあえずサナトリウムに収容されて、人生の心配事や自分の無力さを忘れ、美人で巨乳のお姉さんにやさしく接してもらい、日の入る白くて清潔な部屋で静かに過ごしたい。

サナトリウムの外には広い芝生の場所があって、奥にはハウルの動く城ハウルカルシファーの思い出に出てきたような水車のある洋風の小さい家があって、そこにはかわいくて小さい女の子とおじいさんが住んでおり、その子と毎日追いかけっことかかくれんぼをして過ごしたい。

アルプスの少女ハイジじみてきた。)

 

やすらぎが欲しい。というか、やすらぎを見つけるのが上手くなりたい。

やすらぎの見つけ方はどこで身につけられるんだ、誰か教えてくれ。

こんな感じだから宗教の重要性がよくわかってきた。

自分より大きな存在を信じて身をゆだねるというのは非常に安定するだろう。そこに色々話せるコミュニティができれば、なおさらそれは楽になるんだろう。

 

ヴァイオレットエヴァーガーデンを見た。

とてもよかった。

前々から京アニがあまりにもそれを推していて(全世界同時放映だのなんだの)、それがいちアニメに対する姿勢として不適切だと思っていたから、これは京アニ大賞のプロモで、ここで大賞が取れればこんだけ力入れてアニメ作るぞとか、安い脚本料でいいのを作りたいのに応募作品が少なくなってきたから増やしたいがためにやってるのだろうとか勝手に考えてたから、穿った見方で見たけど面白かった。

(実際応募作品が減ってるのかどうかちょっとだけ調べたけどよくわかんなかった。)

あの主人公の少佐に対する一途さというかひたむきさ(少佐のことしか見えていない感じ)を見るたびに事実(実際は死んでないかもだけど)を思い出して本当に、あはれなり…という感じになって顔がゆがんでしまった。

あと主人公がセイバーっぽかったのも個人的にポイントが高かったです。

(セイバーかわいいよねセイバー)

あとは中佐がヴァイオレットを好きになってヴァイオレットとカトレアの関係が悪くなったりしないでほしいです。

(カトレアはヴァイオレットのよき理解者なので)

話まとまらなかったけどまあいいや。

2017/11/16

日記を書く頻度が高くなっていると感じたため、タイトルを年月日式にした。

いつからかははっきりとはしないのだけど、人生が辛かったので思考回路を変えてしまおうという試みを始めて、最近効果が出てきた気がする。

その結果、現在以前の思考回路と最近の思考回路が競合しているような現象を体験していて、それが面白いので日記を書いてみた。

自分は失敗というか恥をかいたと思うと、ずっとネガティブな気持ちになってしまい、死にたいなどの考えで頭が占有されてしまったのだが、現在それを考える意味がないのではないか(それで失敗した環境や集団は変わらず、自分の時間やメンタルなどのリソースを大量に消費しているに過ぎないため)という考えがある。

このように別々の思考回路があり、なんとなく恥をかいた、失敗したと思ったことがあるとどうなるかというと唐突にネガティブな気持ちに占有され、

死にたい!俺はもうだめだ!

と叫び、そのあと、

なぜ明らかにマイナスであることを僕はしているんだ?仕事をやったり、カバーを考えた方がずっと有益では?

という疑問が生まれる。

この現象が面白い。

なんだろう、単に思考回路の競合性の問題だと思っていたが、これは思考回路の優位性が変わる境目の状態なのか、それとも何かの精神疾患の前兆もしくはもうすでに罹っているのだろうか、それとも別の何かなんだろうか。

精神疾患だとちょっと治療が必要になるけど、思考回路の競合性の問題ならこのまま現在の思考が優位になってくれればうれしい。

日記

昨日今日と休日だった。

やはり休日はいい、素晴らしい制度だ。

前回の日記で休日は閉塞感が強くなると書いたが、あれはあの後に避けられない面倒なイベントがあったからだと気がついた。

昨日やったことといえば課題、友達と飯に行くくらいだし、今日は買い物に行って課題をやっていたぐらいだけど、好きなだけ寝ることができて人の多い空間に束縛されることもコミュニケーションを無理にとる必要もないのはとても安まる。

 

今度他大の友達が学祭で朝から劇をやるということなので友達と観に行くことにした。

ただ、そうすると課題をする時間が結構減るのでそれでも大丈夫なよう、自分のレポートの締め切りとか講義の時間とかをエクセルにまとめて予定を立ててみた。

まとめていて気付いたんだけれど、可視化すると現状を客観的に見ることが出来そうだ。

まあどの程度客観的に見れているかはわからないが、とりあえず一歩引いた視点から現状を見ることができる。

その結果、クソゲーだなという感想は出てきた。

お金などの資源系のものも可視化したら無駄を減らせそうだと思った。

 

 

人間社会は基本的にサバンナと変わらないと最近特にそう思う。

強いものが利益を持っていき、弱いものは損をする。

強くなるためには全体の濃度勾配を自分が高くなるように調整しなければならないので、他人の取り分を減らさなければならない。

そのためうまくマウンティングしたり、けなしたりすることで弱い人の価値をさらに下げてその人の自由にできる領域を狭めて自分のものにするというのがあるんだけど、これは人間に元来備わっているものらしく、サークルなどの閉鎖空間ではよく起こるし、今日は交差点で5歳くらいの子が妹とみられる子に対して行っていた。

自分はそういうことが下手だ。

ただこの戦略が強いのは本当にクソゲーだと思うので、早くこのクソゲーから解放されたい。

 

 

 

ブログを書いていると叔母の訃報が母から届いた。

亡くなったということがどういうことなのかとてもとらえがたい。

適切な反応は何だろうかと考えているが思いつかない。

フィクションではわーっと泣いたり、急いで帰郷して、親族と悲しむ。などがあるが現実でフィクションみたいな行動をとるのは間違いだということが最近分かってきたので、たぶん間違っていると思う。

適切な反応は思いつかないが、ただ身近な人が亡くなったということがなんとなく重苦しさというか感情にやるせなさとか取り返しのつかなさみたいなフィルターをかけたような状態ではある。

 

叔母の訃報は昨日、母から今日は山場だと伝えられていたので藪から棒ではなかった。

フィクションの山場は大抵越えられるもので、越えた後は記憶喪失などの不幸でリハビリを行うか、全快のどちらかだからまあ大丈夫かなどと思っていたが、実際は越えられずそのまま亡くなってしまった。

やっぱり山場は越えがたいものなんだと実感している。

 

叔母は僕が小さいときに会ったのと中学生くらいで祖母の家にいるときに会ったくらいだと思う。

祖母の家には昔からよく行っており、帰省もする。

一方、叔母の家は祖母の家ととても近いのに全然行っていないし叔母にも会っていない。

祖母の家に叔母が来ることもあったが、その時はなんだかんだ自分の中で理由をつけて会わなかったし、祖母も無理に会えとは言わなかった。

僕が生まれたときは結構お世話になったらしいけどその記憶はない。

本当に僕は親不孝というか恩知らずだな。

 

祖母も胃に癌が見つかったらしく、近々胃を切るようだ。

祖母とは家族で一番密接にかかわっているので祖母の訃報が届いたら僕はたぶんしばらく立ち直れないと思う。

 

 

全体的に全く文がまとまっていないし論理性もなくて申し訳なさがある。

とどのつまり言いたいことは今大変で本当に人生はクソゲーだ。ということだ。